イエス伝

24 十字架上の死

ゴルゴタに着くと、兵士たちは没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスは飲まなかった。これは刑の痛みを和らげるための薬である。それからイエスの服をはいで裸にし、その服を四人の兵士で分けた、と書かれている。四人の兵士が刑の執行を担当していたのであろう。下着は一枚ものだったので、くじで分けた。それからイエスを十字架につけた。・・・

1525イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。26罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。27また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。 (『マルコ伝)15:25-27)

この罪状書きについて『ヨハネ伝』はもう少し詳しく説明している。罪状書きはピラトが付けさせたものだが、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。これに祭司長たちは、異議申し立てをする。「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と頼むが、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えてそれに応じなかった(19:21-22)。・・・

ここで十字架上のイエスに近づいた婦人たちがいた。他の福音書は、ガリラヤからイエスをしたってついて来た人々や婦人たちは遠くに立ってこれらのことを見ていたと書いてあり、この方が事実に近いような気がするが、柵やロープが張ってあるわけでもなく、兵士四人で刑の執行を担当していたわけであるから、一般の人も近くに行けたのであろう。

1925イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。26イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。27それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。(『ヨハネ伝』(19:25-27)

イエスの母マリアが四人の女性たちのなかに居たのは驚きである。マリアはイエスのことが心配で、ガリラヤから一行についてきたのであろう。イエスはもう自分の手の届かないところにいる。一行のなかにいても、自分からはもう直接イエスに言葉をかけることも出来ない。イエスからも母に直接言葉をかけることはなかったであろう。イエスは宣教を始めてからは、終始マリアに冷たかった。ここでも「婦人よ」語りかけている。この口調は、母に対する子の言葉であるにしては、どこかよそよそしい響きがある。イエスは天なる父には、「アッバ」と父子の情を込めて呼びかけているが、マリアに対しては最後まで母子の情を示すことはなかったのである。しかし何と痛々しい語りかけであろうか。そうして自分亡き後の母の世話を弟子に託すのである。

1533昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。34三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。35そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。36ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。37しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。(『マルコ伝』15:33-37)

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ (わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」。イエスの絶叫が聞こえてくる。イエスが予期していたことは遂に起こらなかった。こうして、世界の罪をあがなうために、イエスは子羊となって、自らの命をささげたのである。・・・

この日は安息日(土曜日)の前日であった。夕方までにイエスの亡骸を片付けなけれならなかった。アリマタヤ出身の議員ヨセフが、ピラトに願い出てイエスの遺体を引きとった。「この人も神の国を待ち望んでいたのである」(『マルコ伝』15:43) と書かれている。サンヘドリンの議員たちの中にも、イエスの信奉者がいたのである。ヨセフはイエスの遺体を亜麻布に包み、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去った。

掟に従って休んだ安息日の翌日、つまり週の初めの日(日曜日)の朝早く、前の晩買っておいた油を塗るための香料を持って、女たちは墓に行った。マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメたちである。イエスの母マリアはなぜか同行していない。墓の入口の大きな石はわきへ転がされていて、なかにイエスはいなかった。洞窟に白い長衣をきた若者がいて、イエスは復活して先にガリラヤへ行った、と女たちに告げたのである。・・・

168婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。(『マルコ伝」16:8)

『マルコ伝』の最も古いテキストのいくつかは、ここで、つまり16章8節で終わっているそうである。誰も復活したイエスを見たものはいない。私の『イエス伝』もここで終わることにします。復活のイエスに会う情景は、どの福音書もとってつけたようにリアリティがない。復活は信仰上の問題である。復活の有無がイエスの神性の証だとは思わないし、信仰の証しだとも思わない。イエスの出現自体が、奇跡のようなものである。


New Revised Standard Version の脚注。
Some of the most ancient authorities bring the book to a close at the end of verse 8. One authority concludes the book with the shorter ending; others include the shorter ending and then continue with verses 9-20. In most authorities verses 9-20 follow immediately after verse 8, though in some of these authorities the passage is marked as being doubtful. (訳―いくつかの最も古い本は、8節で終了している。ある本は、続いて短い終章をつけて終わりにしている。他の本は短い終章を含み、さらに9節-20節まで続けている。ほとんどの本で、8節からすぐ9節-20節へ続けているが、それらの章句は疑わしいと印をつけている本もある。)
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公開日2007年11月18日