イエス伝

24 ゴルゴタの丘へ

外では、群集は口々にイエスを十字架にかけろとわめいていた。ここに来ている群集は、かってイエスに寄ってきた群衆とはまるで違う。このように誰も彼もがイエスを殺せとわめくはずがないのである。祭司たちに吹き込まれ駆り集められた群集が、深夜から待機していて、役割を演じているようだ。イエスを慕ってくる群衆もいた筈であるが、ここの書き方はかなり戯画的である。

兵士たちは総督官邸のなかにイエスを引き入れ、部隊の全員を集めて、茨の冠を作ってイエスの頭に載せ、紫の上衣を着せ、葦の棒で頭を殴り、唾をはきかけ、「ユダヤの王」と仰々しく敬礼して、イエスを侮辱する。ローマ兵はイエスとはかかわりがないはずなので、これは何を意味するのかよく分からない。ローマ軍は傭兵が多かったので、ガリラヤ等近隣から徴兵した兵士が沢山いたのであろう。彼らはユダヤ人の風習をよく知っていたと思われます。こうして兵士たちはイエスを外に連れ出し、ゴルゴタの丘へ向かった。「されこうべの場所」という名の刑場である。

ゴルゴタの丘への途中、田舎から出てきたシモンというキレネ人が通りかかったので、兵士たちは十字架を無理にシモンに担がせて、イエスの後ろから運ばせた✽2。十字架を背負って歩くイエスの姿を想像するのは印象的ですが、このように実際的に事を運ぶローマ兵のやり方のほうが妙に納得できる場面です。

法廷からゴルゴタへの道は短い。石畳の道は狭く、一行の後からぞろぞろと大勢の人々が従った。イエスは泣き崩れる婦人たちを見て、心を動かされたのだろう、突然振り向くと、はっきりとおる声で叫ぶように言い放つのである。事ここに至って、イエスの心に浮かんだのは終末の情景だった。

2327民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。28 イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。29人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。30そのとき、人々は山に向かっては、/『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、/丘に向かっては、/『我々を覆ってくれ』と言い始める。31『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか」(『ルカ伝』( 23:27-31 )✽3

イスラエルの娘たちよ、お前たちのように若ければ、最後の時に泣きわめき走り回り、山に向かって叫び、逃げ惑うことも出来るだろう。しかしその時年老いた者たちは、走ることも叫ぶことも出来ず、ただじっとして最後の時を迎えるしかないだろう、塵からきて塵にかえるように。

イエスはこうも言っているようだ。災難は生きているものたちに降りかかってくる。それはもうすぐ来る。私の死の前に来るかもしれない。いまだ生まれない者たち、女から生まれて亡くなったすべての者たちは幸いだ、災難に遭うこともないからである。イエスは思わず真実をそのまま叫んだのである。イエスは悲観的な気分に傾いていた。

イエスはいつも生きている人々に語りかけていた。死んだ者たちに語りかけて何になろう。 ユダヤの人々や預言者の地上の歴史は、洗礼者ヨハネで終ったのである。自分が出現してから今までに、天の国で激しい動乱が起きているが、天の王国は近いのである。それは地上を災難で覆ってから来るのである。自分にはどうにも出来ない、変えることの出来ない天からの告知だ。それが迫っている。

こうしてイエスは刑場に向かって歩いてゆく。


『マタイ伝』では「赤い外套」(27:28)となり、『マルコ伝』では「紫の服」(15:17)になり、『ルカ伝』では外套に言及なく、『ヨハネ伝』でも「紫の服」(19:2)になっている。色が違うのである。
✽2『ヨハネ伝』には「イエスは、自ら十字架を背負い」(19:17)と書かれており、共観福音書にはどれにも、キレネ人のシモンに十字架を運ばせた、と書かれています。キレネは地中海を挟んでギリシャの対岸、リビアに隣接するアフリカ北部の港町で、当時は大都市であったが、エルサレムから見れば田舎と思われていたのだろう。シモンは通りすがりにローマ兵の目に留まったのであるが、多分身体が大きくて、筋骨たくましかったのだろう。
大勢の人たちが見ていたのに、どうしてこのように違った記録になるのでしょう。
✽3この話は『ルカ伝』にのみ見え、ほかの福音書には書かれていない。『ホセア書』(10:8)に、「アベンの聖なる高台/このイスラエルの罪は破壊され/茨とあざみがその祭壇の周りに生い茂る。そのとき、彼らは山に向かい/『「我々を覆い隠せ』丘に向かっては/『我々の上に崩れ落ちよ』と叫ぶ。」語句が見えるが、これらの章句からイエスの心情を推定できるものはない。
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公開日2007年11月17日