イエス伝

16 平和ではなく剣を

イエスは弟子たちに、少しずつ自分を現してゆくのであるが、弟子たちにとってはその場では理解できなかったことが多かったであろう。なにか、自分たちの理解の及ばない偉大な人がここにいる、という思いで弟子たちはイエスと行動を共にしていたようです。自分の知らない言葉がイエスの口から次々と出てくる。「天の国が近づいた」という響が絶えず耳元で鳴っていたでしょうか。そうした説教のなかで、イエスは弟子たちに次のようにいいます。

1034「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。35わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。36こうして、自分の家族の者が敵となる。37わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。38また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。39自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」 (『マタイ伝』10:34-10:39) ・・・

また同様の言葉を『ルカ伝』は、次のように書き残している。

1249「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。50しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。51あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。52今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。53父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる。」 (『ルカ伝』12:49-12:53)

これらの言葉は、天からの落雷のように落ちてくる。そのように弟子たちの胸に響いただろうか、あるいは意味がまったく分からない言葉として聞き流されただろうか。ここでイエスは人間関係の根本的変革を迫っているのである。地上の人間関係は破壊されなければならない。ユダヤの地上の歴史は今終わろうとしており、その清算が迫っている。地上の人間関係も精算されなければならない。「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」(『出エジプト記』20:12)。このモーセの十戒の一条も地上に長く栄えることを約束しているのであるが、これも更新されなければならないと言っているのである。何故か。天の王国が近づいているからである。「父は子と、子は父と、/母は娘と、娘は母と、/しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、/対立して分かれる」とはこのような背景で語っているのである。天の王国では、地上とはまったく違った人間関係になると説いているのである。

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公開日2007年9月30日
最終更新10月8日