イエス伝

10 故郷に帰る

イエスがガリラヤ中の村や町をまわり、評判がガリラヤはおろかユダヤやヨルダン川の向こう側にまで広まり、群集がイエスのまわりに集まり、弟子が行動を共にするようになっても、イエスはなかなか故郷のナザレに行かなかった。ナザレに行くことを、あえて避けていたように思われます。なぜだろう。このことはすべての福音書が言及しているので、事実であったろうと思われます。しかしある時、どうしても行かなければならないと思ったのであろう、イエスは故郷の村に行くのである。その時の状況は次のように記されている。

6 1イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。2安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。3この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。4イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。5そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。6そして、人々の不信仰に驚かれた。それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。(『マルコ伝』6:1-6:6)

イエスは、ひどい目にあう。『ルカ伝』には、「28これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、29総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。」(『ルカ伝』4:28-4:29)とまで書かれている。このギャップはなんだろう。実際に人々がどれだけイエスの教えを受け入れたか定かではないにしても、ナザレの外では群集に迎えられ、ナザレではまったく受け入れられない。イエスの言葉、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」も言い訳がましく聞こえる。この「親戚や家族の間」には別の話がある。

イエスが宣教を始めて間もなくの頃、母や兄弟がイエスに会いにカファルナウムの家に来たことがある。「21身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである」(『マルコ伝』3:21)。イエスが家を出てから、色々な噂がナザレにまで聞こえていて、「気が狂った」という噂だけが身内の者には本当らしく思われたのだろう。来てみたが、群集が家の周りから中までいっぱいで、家の中に入れない。

3 31イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。32大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、33イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、34周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。35神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」(『マルコ伝』3:31-3:35)

もうその時イエスは、マリアの子でもなくまた兄弟でもなかったのである。この話もほかの福音書にも書かれているので、事実だったと思う。ナザレで同じ村人として暮してきた人たち、同じ家族として生活していた人たちにとって、イエスは普通の人だったのである。そのような人たちにとって、ある日突然人間が変わったように、病人を治し、弟子を連れ、群集に囲まれ、「神の国は近づいた」と宣言し、なにやら天なる父の子にように振舞うイエスを、信じられなかったのだろう。どのようにしてイエスは内的変身を遂げたのだろうかという謎だけが残るのである。

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公開日2007年9月17日
最終更新10月8日