イエス伝

4 洗礼者ヨハネ

ここに、洗礼者ヨハネが出現する。『ルカ伝』の記述によれば、洗礼者ヨハネは、イエスより六ヶ月早く天使ガブリエルのお告げがあって生まれているから、イエスとほぼ同年齢であった。ユダヤの荒野に住み、ヨルダン川で人々を洗礼したので、洗礼者ヨハネと呼ばれている。

3 1そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、2「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。 3 これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」 4ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。5そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、6罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。(『マタイ伝』3:1-3:6)

イエスはガリラヤでヨハネの宣教の噂を聞き、本物の預言者が現れたと直感し、自分が世に出る機が熟したと思いました。洗礼者ヨハネの出現によって、イエスは宣教の決意をするのです。それまでのイエスはどうのような内的成熟をしていたか、どこにも記述がありません。しかしこの時以前に宣教を開始していてもおかしくありませんが、どの福音書にも洗礼者ヨハネは、イエスが世に出る先駆者としての役割になっています。したがって洗礼者ヨハネの出現は、イエスが世に出るそして宣教を開始する直接的きっかけになったのです。

1 9そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。(『マルコ伝』1:9)

こうして、イエスは洗礼者ヨハネにより洗礼を受けます。

イエスと洗礼者ヨハネは、外見はまったく似通ったところがありません。洗礼者ヨハネは「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた」し、まさに旧約の世界の預言者然としています。当時のユダヤ社会の主流派であった祭司たちを激しく批判し、現状のままではダメだ、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と説き、新しい教えを述べ伝えようとしています。この第一声はイエスの言葉とまったく同じです。

また『ルカ伝』によれば、洗練者ヨハネは民衆には「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」(3:11)と答え、徴税人には「規定以上のものは取り立てるな」(3:13)と教え、兵士には「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」(3:14)と答えています。したがってイエスは洗礼者ヨハネに共感するものを感じ取っていたと思います。また洗礼者ヨハネの宣教の仕方は非常に激しく、不信仰者に対する非難は激烈です。イエスも激しい口調で非難する時はしますが、洗礼者ヨハネのように為政者に批判の矛先を向けることはありませんでした。

当時ガリラヤの領主であったヘロデ・アンティパス(イエス生誕の時のヘロデ王の息子)は弟の妻であったヘロディアを自分の妻にしたが、洗礼者ヨハネはこの婚姻を不義と断定して激しく非難したため、捕えられて投獄された。のちに、洗礼者ヨハネは牢屋で斬首の刑に処せられ、その首はお盆に載せてヘロディアに差し出されます。イエスは、自分はこのような死に方は避けなければならないと思ったでしょう。宣教の早い時期に、祭司たちがイエスを捕えようとして向かっているという情報があると、その場所を離れ身を隠しているからである。またイエスは次のようにも言っている。

13 33だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。(『ルカ伝』13:33)

このヨハネが捕えられた知らせを聞いて、イエスは宣教を開始するのである。洗礼者ヨハネから洗礼を受けて間もなくの頃である。

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公開日2007年9月8日
最終更新10月8日