マリアは聖霊によって身ごもり、イエスを生んだという受胎告知及び処女懐胎の伝説は、『マタイ伝』と『ルカ伝』にのみ書かれています。一番最初に書かれたとされる『マルコ伝』にも、一番最後に書かれたとされる『ヨハネ伝』にもそのような記述は一切ありません。これが当時イエスの信奉者の間で一般に信じられていた事であるとすれば、すべての福音書が書かなければならない大事件でしょうが、そうなっていないところを見ると、『マルコ伝』と『ルカ伝』の著者が考え出したか、あるいは著者が参考にした当時の言い伝えや記録類に、処女懐胎の話があったのでしょう。『マタイ伝』は次のように書き出している。
1 18イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。19夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。21マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 (『マタイ伝』1:18-1:21)
私は考えるに、イエスの信奉者が段々多くなり地域的に広がっていく過程で、布教の必要上考えだされたものでしょう。師を弟子たちが尊敬し飾り立てるのは、一般的傾向であるし、まして「神の子」であるとすれば、尋常な飾り立てではダメで、特別仕立てのものが必要だったでしょう。また、伝道によって信奉者はパレスチナから小アジアに広がり、ギリシャ語圏で生活している人々も増えていったと思われます。ユダヤ圏ではなく異なった文化圏で布教するには、新しい衣を着せる必要があったと思われます。処女懐胎と聖母マリアの伝説は、布教の強力な武器になったと思います。
聖母マリアについて付言すれば、イエスにとってマリアは決して聖母ではありません。イエスはマリアにかなり冷淡だったといえるでしょう。天なる父の子として自覚していたイエスにとって、その特別な父子の関係のなかに、生母の入る余地はまったくなかったのです。聖母マリアの伝説は、後にキリスト教として一派をなすようになった教団の組織的要請よって作られたものです。マリアについては、稿を改めて書くようになると思います。
イエスはその言動の実によって知られるべきものであって、その奇妙な出生の不思議によって正統化されるべきではありません。まったく余計なことを考え出したものである。